「ポーラー・ベア・ピッチング」なる人が北極熊になるイベントを見にフィンランドまで行ってみた!

 取材 
  公開日時 

 著者:小野 憲史 
フィンランドのオウルという街をご存知でしょうか。人口約25万人というそれほど大きくない街ですが、『HILL CLIMB RACING』シリーズで知られるゲーム会社『FINGERSOFT』が本社を構える街としてゲーム業界内での知名度は低くありません。
そんなオウル市はゲーム産業が盛んであるということ以外に、変わったイベントが開催されることでも実は有名です。
この記事ではゲームの街オウル市の変わったイベントの1つ、「ポーラー・ベア・ピッチング」の様子をゲームジャーナリストの小野氏がレポートします。(SQOOL.NET編集部)
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いささか旧聞で恐縮ですが、2018年2月4日から9日まで4泊6日の日程で、フィンランド中北部の街オウルに行ってきました。

一般的には森と湖とサウナとムーミンとして知られるフィンランドですが、ノキアとLinuxを筆頭に、IT業界で大きな影響力を示しています。

ゲーム業界でも『クラッシュオブクラン』のスーパーセルや、『アングリーバード』のロビオで有名ですよね。

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そんな中、今回オウルにやってきたのは、IT業界における冬の風物詩として、世界的に有名になりつつあるイベント「ポーラー・ベア・ピッチング」を見学するため。

氷結した海面に穴を開け、水着姿で中に入り、好きなだけ投資家に向けて起業アイディアをプレゼンテーションできるという、他に類を見ないエクストリームなイベントです。

「ポーラー・ベア・ピッチング」なる人が北極熊になるイベントを見にフィンランドまで行ってみた!

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イベントは夜7時から始まり、外気温はすでにマイナス12度。小雪がちらつく中、ピッチをする人も、見ている人も、審査する側もたいへんです。
だからこそアドレナリンが噴出するのかもしれません。

当日は世界中から書類選考と予選を経た12組が集まり、ポーラー・ベア(北極熊)さながらに海中に入って、プレゼンテーションを行いました。

「ポーラー・ベア・ピッチング」なる人が北極熊になるイベントを見にフィンランドまで行ってみた!

イベントは同じくオウル市の名物として知られる、エアギター選手権の優勝者によるデモンストレーションで開始。

2014年から開始され、今年で5回目を迎える本イベントでも、今回が初めてのことです。

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当然というか、お約束というか、水に浸かってロック魂を見せてくれます。

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ジャボン・ジャボンと入っていく起業家たち。背後に大きな電光掲示板があり、プレゼンの時間を示しています。時間制限は特にありませんが、だいたい1-2分というのが平均です。

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ピッチ終了後、会場に設置された簡易風呂やサウナにかけこむ起業家達。ボランティアによってビールやアイスクリームもふるまわれます。体を温めながら交流することで、起業家間の交流も進むようです。

こんなふうに本イベントでは厳しい自然環境もさることながら、「口頭のみ」で「1-2分間のマイクロピッチ」を通して、事業の優位性と将来性をアピールする必要があります。

プレゼンといえばスライドや資料が必須という固定概念が、簡単に崩される瞬間です。
審査する側も、書類審査で事業概要などは理解しているものの、最終的にはプレゼンターの人柄や胆力を見極めているかのように感じられました。

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そんな中、見事優勝したのはエストニア出身のタチアナ・ジャレッツカヤさんでした。

米ニューヨークのベンチャーで、自動調光されるLEDで農業のコストとエネルギーを最小限に抑えられる温室システムを開発したアティソン社の協同設立者。
男性陣をおしのけて、最長記録に近い3分間に迫るプレゼンテーションです。

見学席から聞いていても、彼女の理路整然とした事業概要と将来性に関する説明は、頭一つ抜けていたように感じられました。

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優勝者には1万ユーロ(130万円)と、中国のシリコンバレーといわれる南京までの往復航空券が授与されます。

フィンランドまで来て、水着姿で氷の海に入ってプレゼンして、割に合わないと思う人がいるかもしれません。

しかし、このピッチイベントで優勝することで、世界中で名前が知れわたるメリットは、金銭に換えられないものがあります。

世界中の投資家に対するプレゼンテーションをはじめ、今後の資金調達を圧倒的に有利なものにしてくれるでしょう。

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ちなみに本イベントが始まった2013年は、ノキアが携帯電話事業をマイクロソフトに売却した余波で、オウルの地元経済が苦境に立たされた時期。工場が閉鎖されたことで、優秀なエンジニアが市外、そして国外に流出するのを防ごうと、オウル市の肝いりで開催が始まります。

技術教育専攻者で本イベントの創始者ミア・ケンッパーラ氏は、フィンランドの伝統的な遊びとして知られる「氷水での泳ぎ」がヒントになったと語りました。

フィンランドの悪条件とされる「闇と寒さ」を逆手に取り、派手な照明と音楽で盛り上げ、Youtubeでイベントを配信。今や世界中で注目を集めるイベントにまで成長しました。

残念ながら日本からのピッチは見られませんでしたが、ぜひゲームを用いて社会をよりよい方向に変革させる「シリアスゲーム」などで挑戦してもらいたいところです!

著者:小野憲史(オノケンジ)
ゲームジャーナリスト。NPO法人IGDA日本名誉理事・事務局長。
「ゲーム批評」(マイクロマガジン社)編集長などを経て現職。
ウェブニュース媒体を中心に取材記事などを寄稿しており、E3・GDCなど海外取材も多数経験。「小野憲史のゲーム時評」(まんたんウェブ)などのコラム連載や、教育機関などでの授業・講演もこなす。東京ネットウェイブ非常勤講師。
主な著書・編著に「ゲームクリエイターが知る97のこと(2)」(オライリージャパン)などがある。