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植物の種リストから生態系の「質」を測る

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    5つの多様度指標と、217の未記載種を含む1050種のデータベースを開発

    植物の種リストから生態系の「質」を測る

    5つの多様度指標と、217の未記載種を含む1050種のデータベースを開発

     

    九州オープンユニバーシティ矢原徹一研究部長の研究チームは、ある場所に生えている植物の種リストから、その場所の生態系の「質」を5つの多様度指標で評価する方法を開発しました。ゲノム情報にもとづいて被子植物60属の分類を再検討し、217の未記載種を含む1050種について、分布と生態的な特徴をまとめたデータベースを構築したことでこの評価が可能になりました。国の生物多様性評価で「不足している」と指摘されてきた、種レベルの状態にもとづく生態系の指標を提供するもので、自然共生サイトやモニタリングサイト1000などでの活用が期待されます。

    ポイント

    植物の種リストから、生育地型・生活型・開花期・種子散布型・送粉型の5つの多様度指標を計算し、生態系の「質」を評価する方法を開発しました。

    ゲノム情報にもとづく高精度の系統解析により被子植物60属の分類を再検討し、217の未記載種を含む1050種の分布・生態形質データベースを構築しました。

    これまで1種とされてきたタニギキョウ属が21種に分かれるなど、「隠れた地域固有種」が多数見つかりました。これをもとに、地域ごとの固有性を地図化しました。

    ※印の用語は、末尾の「用語解説」で説明しています。

     

    背景:なぜ「生態系の質」の指標が必要か

    2023年に閣議決定された『生物多様性国家戦略2023-2030』は、基本戦略1に「生態系の健全性の回復」を掲げています。2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」(※)の達成に向けて、保護地域とOECM(※)による保全を進め、普通種を含めた生物群集全体を守ることで、生態系の健全性を回復させるという方針です。この目標を評価するために、次の3つの状態目標が設定されています。

    全体として生態系の規模が拡大し、質が向上することで健全性が回復している。

    種レベルの絶滅リスクが低減している。

    遺伝的多様性が維持されている。

     

    しかし、「生態系の質」の向上を含む「生態系の健全性」の回復を、どのような指標で測ればよいのかは未解決の課題です。2025年10月に公表された「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028(JBO4)に向けた中間提言」も、次のように指摘しています。

     

    「個別生態系の各区分における生態系の質を測るデータについては、特に『種の個体数・分布域』『生物種数・多様性』といった種レベルの状態にもとづいた、全国的な経年トレンドを把握できる指標が不足している。」

     

    今回の研究は、このニーズに応えるものです。

     

    開発した5つの多様度指標

    研究チームは、被子植物60属についてゲノム情報(MIG-seq法※)にもとづく高精度の系統解析を行い、217の未記載種(※)を含む1050種を分類学的に再検討しました。そのうえで、正確な種同定にもとづく都道府県別の分布と、各種の生育地型・生活型・開花期・種子散布型・送粉型をまとめたデータベースを構築しました。

    このデータベースを使うと、ある場所の植物の種リストから、5つの性質それぞれについて「さまざまなタイプの植物がどれだけ偏りなく揃っているか」を数値(多様度)として計算できます。多様度の計算には、シンプソンの多様度指数(※)を用いています。多様度が低い場合は、そのタイプを支える環境や、植物と動物との関係が失われているおそれがあります。

     

    表1 5つの多様度指標の意味

    指標

    何を見るか

    低いときに疑われること

    生育地型多様度

    森林・草地・湿地など、さまざまな環境に生える植物が揃っているか

    草地や湿地など、特定の生育環境の消失

    生活型多様度

    木本・多年草・一年草など、さまざまな生き方の植物が揃っているか

    管理放棄や過度の刈り取りなどによる植生の単純化

    開花期多様度

    春から秋まで、さまざまな時期に咲く植物が揃っているか

    特定の季節の花資源の不足(送粉昆虫への影響)

    散布型多様度

    風・鳥・アリなど、さまざまな方法で種子を運ぶ植物が揃っているか

    種子を運ぶ動物の減少

    送粉型多様度

    マルハナバチ・それ以外の昆虫・風など、さまざまな方法で花粉が運ばれる植物が揃っているか

    特定の送粉者(花粉を運ぶ動物)との関係の喪失

     

    評価例:九州大学伊都キャンパス

    評価例として、九州大学伊都キャンパスに自生する60属の被子植物の種リストから5つの多様度指標を計算し、福岡県全体の値と比べました(図1)。レーダーチャートの基準線は福岡県全体の値を1としたもので、太線は伊都キャンパスの値を福岡県の値で割った相対値です。

    図1 九州大学伊都キャンパスの5つの多様度指標(福岡県全体の値を1としたときの相対値)

     

    このチャートから、伊都キャンパスでは送粉型多様度がとくに低いことがわかります(送粉型多様度の相対値:0.73)。種リストを調べたところ、「マルハナバチ媒」(マルハナバチに花粉を運んでもらう植物)の種の割合が県全体よりとくに低いことが原因でした。この結果から、伊都キャンパスではマルハナバチ媒の植物の保全にとくに注意が必要だと考えられます。

    この評価は特定の年の結果ですが、同じ評価を継続すれば、生態系の質が「回復」しているのか「劣化」しているのかという経年トレンドを把握できます。

     

    過去の記録から経年変化を評価する

    過去から現在までの種組成の変化を記録したデータがあれば、それを使って生態系の経年トレンドを把握することもできます。

    神奈川県では1979年以来3回にわたって組織的な植物分布調査が行われ、104の行政区ごとに1864種の在・不在が記録されています。この記録から、1864種のうち45%で生育地点数が減少していることがわかりました(Myotoishi et al. 2026、共同通信プレスリリース)。5つの多様度指標を104の行政区ごとに計算すれば、種の減少にともなって生態系の状態がどう変化したかを評価できます。

    また、都道府県のレッドリストには、すでに絶滅した種が記録されています。たとえば神奈川県では118種が絶滅種とされています。これらの種が失われたことで、県全体の5つの多様度がどう変化したかも評価できます。

    これらの解析は今後の課題です。

     

    全国の地図で見る地域差

    5つの多様度指標を計算するためのデータベースは、現時点では60属にとどまっており、より多くの属に拡充する作業を進めています。60属による評価でも、生活型多様度と送粉型多様度には明瞭な地理的傾向が見られます(図2)。

    図2 生活型多様度(左)と送粉型多様度(右)の都道府県別地図。色が濃いほど多様度が高い。

     

    データベースを使えば、多様度だけでなく、特定のタイプに属する種の割合も評価できます(図3)。たとえば湿地性の種や草地性の種の割合は、湿地や草地という、全国的に減少が著しい生育環境の状態を測る有力な指標になると考えられます。

    図3 湿地性種の比率(左)と草地性種の比率(右)の都道府県別地図

     

    固有性指標:見えてきた「隠れた固有種」

    分布データベースからは、地域の「固有性指標」も計算できます。固有性指標は、分布の狭さで重みづけした種数です。1つの都道府県だけに分布する種にはその都道府県に1を、2つの都道府県に分布する種にはそれぞれ0.5を、N個の都道府県に分布する種にはそれぞれ1/Nを与え、都道府県ごとに合計します。

    図4 都道府県別の固有性指標値。左:217の未記載種にもとづく評価、右:既知の狭分布種にもとづく評価。左右で色の目盛りが異なる点に注意。

     

    その結果、未記載種にもとづく評価でも、既知の狭分布種にもとづく評価でも、北海道・長野県・高知県・宮崎県・鹿児島県の固有性がとくに高いことがわかりました(図4)。

    また、未記載種にもとづく評価(図4左)では、より多くの都道府県で固有性指標値が高くなりました。これは、これまで広く分布する1種と考えられてきた植物が、実は複数の地域固有種に分かれている例が数多く見つかったためです。60属のうち、とくに種数が大きく増えたのは次の属です。

     

    表2 種数がとくに大きく増えた属 

    属

    これまで

    今回の研究

    増加

    タニギキョウ属

    1種

    21種

    21倍

    サワハコベ属

    2種(サワハコベ・ツカモトハコベ)

    14種

    7倍

    ニワトコ属

    2種

    13種

    6.5倍

     

    自然共生サイトやモニタリングサイト1000などのモニタリングでは、このように地域分化が著しい属について、地域固有種が生育していないか慎重に調査する必要があります。

     

    図5 日本産タニギキョウ属Peracarpaの多様性 左:21種の系統関係(MIG-seqデータによる最尤系統樹) 右:岡山県那岐山において同所的に生育するキビノタニギキョウとダイセンタニギキョウ

     

    都道府県内の比較:北海道の自然保護区

    固有性指標は、都道府県内の地域間の比較にも使えます。北海道の8つの自然保護区(7つの国立公園と、富良野芦別道立自然公園の夕張岳)について、固有性指標値を求めました(この場合は、1つの保護区だけに分布する種に1を、N個の保護区に分布する種には各保護区に1/Nを与えて合計)。

    図6 北海道の8つの自然保護区と保護区外(他地域)の固有性指標値

     

    その結果、大雪山国立公園の値が最も高く(10.9)、夕張岳(富良野芦別道立自然公園、10.4)、日高山脈襟裳十勝国立公園(9.4)が続きました。一方、8つの保護区以外の地域の値は20で、大雪山国立公園のほぼ2倍でした。保護区外は面積が広いことも影響していますが、この結果は、北海道の固有種の多くが自然保護区の外にも生育しており、保護区外での保全も重要であることを示しています。

     

    今後の展開

    このように、60属1050種の分布・生態形質データベースを使えば、特定のサイトや自然保護区について、生態系の「質」をさまざまな角度から評価できます。研究チームは、データベースをより多くの属に拡充するとともに、次のような指標種についての評価方法を開発し、『生物多様性国家戦略2023-2030』基本戦略1「生態系の健全性の回復」の評価に貢献していく予定です。

     

    〇連続的減少種:絶滅危惧種としてレッドリストに掲載されてはいないが、連続的な減少トレンドが観察されている種

     〇 遺伝的劣化種:絶滅危惧種としてレッドリストに掲載されてはいないが、種分化の過程でボトルネックを経験し、有効集団サイズが大きく減少した種

     〇 地理的分化種:絶滅危惧種としてレッドリストに掲載されてはいないが、MIG-seqによる系統解析・集団遺伝解析において顕著な地域系統の分化があり、地域系統の保全が必要な種

     〇 送粉ネットワークのキーストーン種:各季節において送粉ネットワークのハブとなる種

     〇 アンブレラ種:分布データベース上で、多くの種と分布が重複する優占種

     〇 フラッグシップ種:社会的注目度が高くWeb上での言及件数が多い種

     

    お問い合わせ

    この方法を活用した自然共生サイトなどの評価をご希望の方は、九州オープンユニバーシティ事務局までお問い合わせください。

    九州オープンユニバーシティ事務局 【 E-mail:kyushu.open.univ.office@gmail.com 】

     

    用語解説

    用語

    説明

    30by30目標

    2030年までに陸と海の30%以上を保全することをめざす国際目標。

    OECM・自然共生サイト

    保護地域以外で、生物多様性の保全に貢献している地域(Other Effective area-based Conservation Measures)。自然共生サイトはOECM拡充を進めるための日本独自の保護制度で、民間などの取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域を、国が認定する。既設の保護区と重複しない自然共生サイトはOECMに該当する。

    モニタリングサイト1000

    環境省が全国約1000か所の調査地で、生態系の状態を長期にわたって継続調査している事業。

    MIG-seq法

    ゲノム全体から多数のDNA領域を一度に読み取り、個体差がある領域を特定する法。この方法で得られるDNAの個体差データにもとづいて、近縁な種どうしの系統関係を高い精度で決定することができる。

    未記載種

    存在が確認されているものの、まだ学名がつけられていない(論文で記載されていない)種。論文で学名が発表された時点で「新種」として認定される。

    シンプソン多様度

    生物群集から無作為に2個体を抽出したとき、それらが異なるタイプである確率をあらわす指標(0〜1の範囲をとり、1に近いほど多様性が高い)。

    送粉

    花粉が昆虫や鳥、風などによって運ばれ、受粉が起こること。花粉を運ぶ動物を送粉者という。

    研究体制

    この研究は、環境研究総合推進費「ゲノム情報と正確な同定にもとづく維管束植物の統合データベース構築と多様性指標・保全優先度の地図化技術の開発」(2023~2025年度、研究代表者:矢原徹一)により実施されました。

     

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