トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

 イベント取材 
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著者:岡安 学

松戸市コンテンツ事業者連絡協議会は、11月23日に松戸市内にて「クリエイティブ系ワーキングスタイル・トークセッションVol.9 eスポーツ プロゲーマーを目指す君に!」を開催しました。

トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

今回のトークセッションに登壇したのは、NVIDEAでeスポーツエバンジェリストとして活躍する谷口純也氏です。谷口氏は、プレイヤーネーム「noppo」として『カウンターストライク』で活躍したeスポーツプレイヤー。現在は引退し、eスポーツの普及に力を注いでいます。

司会役は黒川塾でお馴染みの黒川文雄氏。eスポーツ関連の記事やイベントに関わっており、谷口さんのホスト役として最適な人物です。 まずは、谷口さんとeスポーツの関わりがテーマとしてイベントが始まりました。

中学生時代にCSネオと運命的な出会い

谷口さんは17才の時に『カウンターストライク』のアジア大会でNo.1に輝いた実績を持つプレイヤー。まだeスポーツという言葉もできたかどうかいう時期で、ゲームで生計を立てるなんてことは夢のまた夢といった状態でした。
谷口氏はゲーム好きの父親のもと、3~4才から家庭用ゲーム機で遊ぶようになったと言います。父親はかなりのゲーム好きで、毎月何かしらの新作タイトルを購入するほどだったそうです。

当時は『スーパーマリオブラザーズ』や『ぷよぷよ』、『大乱闘スマッシュブラザーズ』など、人気タイトルをよく遊んでいて、その中でも『実況パワフルプロ野球』はかなりハマっていたといいます。他のゲームに比べスキルが反映するゲームなので、スキル磨きが得意な谷口少年にはぴったりのゲームでした。

トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

中学生になり、蒲田にあったレッドゾーンというインターネットカフェの存在をゲーム雑誌で知ることになります。興味本位で友達とレッドゾーンに行ってみたところ、40台のPCがあり、CRTモニターもリフレッシュレートが100Hzのハイスペックなものが備わっていました。他にもロジクールのゲーミングデバイスなどが揃っており、機材は充実していました。
そこで、40人同時対戦の『カウンターストライク ネオ』をプレイしたのが、レッドゾーンへ通うきっかけとなったそうです。

これがだいたい15年くらい前の話です。
当時の家庭用ゲーム機はオンラインで遊ぶことはできず、オフラインでも最大4人対戦が関の山。それがレッドゾーンに行けば世界中の人たちと数十人対戦でプレイでき、谷口少年にとっては珍しく、そして楽しかったと言います。

谷口「当時のゲームの主流はひとりでのプレイやCPU戦だった中、人とプレイするのが楽しいことに気が付きました。FPSが好きになったのですが、FPSはコントローラーよりキーボードとマウスでの操作の方が細かく動かせるので、自然とPCゲームへと傾倒していきました」

当時流行っていたのは、対戦格闘ゲームでしたが、あまり得意でなく、興味自体もなかったので、谷口氏がそちらにハマることはありませんでした。 「1対1よりも大勢でやった方が断然楽しい」と谷口氏。

谷口「最初は当然腕前もそこそこだったので、指令を出せる立場でもなく、他の人の指示でプレイしていました。数をこなすうちにマップを俯瞰で見られるような感覚を得て、司令官としてプレイできるようになりました」

谷口「ここまでだいたい2年くらいかかっています。 レッドゾーンに通い始めた当時は、まだ15才だったので、風営法により平日の学校帰りに寄った時は午後6時までしか遊べませんでした。休日は朝から夕方までずっとやっていましたが、平日に少ししかできないのは残念でした。16才を超えたら、22時まで居られるようになったので、ぎりぎりまで入り浸っていました」

19歳でスウェーデンに単独留学

谷口「19才の時にスウェーデンにゲーム留学に行ったんですけど、当然、ゲームで留学をする人などいませんでした。それどころか『カウンターストライク』自体を知っている人はほとんどいない状態でしたが、スウェーデンでは、留学の理由を聞かれた時に『カウンターストライク』のプロになりにきたと言うと、多くの人が納得してくれました」

大好きな『カウンターストライク』が浸透していることは、たいへん嬉しかったとのこと。 そもそも留学を決めたのは、日本での活動に限界を感じたからと谷口氏は言います。

チーム戦をプレイしていたので、個人のスキルアップでは限界があるわけです。当時のライバルチームのトップチームにアドバイスを求めたりもしました。ライバルチームの選手は快くアドバイスをしてくれて自分自身のスキルアップをすることができましたが、やはり一人が強くなっても、チームは強くならない。チームの解散などもあり、プレイヤー人口も減り、このままでは、カウンターストライクで世界一になるという夢が叶わないと思い、スウェーデンへ留学することを決めたというわけです。

留学を決意するきっかけとなったのは、芸術家の岡本太郎氏の言葉。
テレビで岡本太郎の特集番組がやっていて、各業界で岡本太郎のような偉業を目指していこうという番組でした。その番組に岡本太郎の名言がちょくちょく流れていて、その中で、

「怖かったら怖いほど、そこに飛び込むんだ。やってごらん」

と言う言葉があり、その言葉に感銘を受け、覚悟を決めてやろうと思った、とのこと。

サッカーなどで考えて貰えればわかりやすいかもしれませんが、ヨーロッパでは強いチームがいるリーグがあり、うまい選手がいる。日本にいたら自分だけうまくなっても、ヨーロッパのチームに勝つことはできない。だから、強いチームがあるところに留学する、という考えに至ったわけです。

トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

さてしかし、いざ留学を決めたのは良いが、どうやって留学すれば良いかは分からなかったと言います。
今のようにゲームでの留学を後押ししてくれるチームも土壌もなかったので、谷口氏はまずは留学サイトを利用。アメリカなどはすぐ見つかりましたが、スウェーデンの留学情報はサイトには載っておらず、いきなり頓挫したと言います。

ちょうど同時期にミクシィをやっていて、いくつかのコミュニティの中にスウェーデンコミュニティがあったので、そこで情報を探していたところ、ホームステイ募集の書き込みをがありすぐ連絡、不安はあまりなかったなかったと谷口氏は言います。

谷口「留学前にゲームのコミュニティのチャットにたまたまスウェーデン人と知り合いになって、留学した時に空港に迎えに来てもらった。そういうこともあったので不安はなかった。 スウェーデンの北の方にホームステイすることになったが、そこまでの電車の手配や運賃なども全部彼が払ってくれました」

まさに奇跡的な出会いとなったわけです。

谷口氏は1年以上滞在したかったので、学校に入る必要がありました。

谷口「スウェーデンは移民問題があり、留学が厳しい国。なんとか探した3校の中で1校だけ受かりました。テストはスウェーデン語の試験でしたが、なんとか合格し、1年以上の滞在が認められました。 スウェーデン語は勉強して半年くらい。スウェーデンでは国民番号がないとアパートも借りられず、しばらく家がありませんでした。ゲームができる環境、インターネット環境を探していたら、学校に中国から来た留学生がいて、その彼がスタークラフト好きで、意気投合し、彼の家に遊びに行くようになりました」

スウェーデンはカウンターストライクをプレイする人が多く、技術力高かったそうです。人口も多いのですぐにマッチングできるのは日本にはなかった環境だと言います。

日本に帰ってきてから、自分と日本のチームとのレベル差はあったものの、うまく牽引すれば強くなっていくのではないのかと谷口氏考え、実際にうまく引っ張っていくことができたそうです。 韓国や台湾のチームとも対戦し、アジアでは強くなる環境ができてきました。

谷口「カウンターストライクではチーム力が重要、ひとりが強くてもダメだし、同じようなプレイヤーが揃ってもうまくいかなかったりします。いろんなタイプがいて化学変化がおき、チームが良くなっていきます」

チーム戦にはコーチや監督が必要

eスポーツチームが力を発揮するには、コーチや監督の存在が重要視されるようになってきています。

その点について黒川氏からの質問に対して、谷口氏は、

「チームでプレイする以上、コーチ力が重要になってきていますが、当時はいませんでした。 現在、海外ではコーチだけでなく、データを分析するアナリストなども存在します。日本にはほとんどいませんが、海外では当たり前のようにいるわけです。メンタリストなども雇っているチームもあります」

と回答。日本と世界との差がここにもまだ存在しているということです。

海外ではフィジカル面ののコーチもいて、まさにリアルのプロスポーツチームと同じようなスタッフがいると言います。 日本チームが強くなるには、チームに資金力があれば海外と同様にメンタリストやコーチ、アナリストを雇えば良いわけです。もし資金がないのであれば、選手個人が分析や精神強化などを行わなければなりません。 この差は非常に大きく、やはりeスポーツでもコーチの存在は重要と言えます。

さらに黒川氏はこれまでの話を受けて、谷口氏の現役復帰についても切り出しました。

谷口氏は、「そういう気持ちもあるが、体力的な衰えなどはある。集中力も足りないと」発言。
30歳を超えてからは集中できる時間が短くなっており、8時間に及ぶことがあるeスポーツの試合では集中を維持するのが難しいとのことでした。
ただ、監督には興味があるとのことなので、監督やコーチとしての現場復帰については、ありそうな気配です。

トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

プロプレイヤーになると言う覚悟

さて、では現在eスポーツプレイヤーを目指す若者はどう行動するべきでしょうか。

谷口氏は留学した後、台湾の大学に入学に行ったそうです。台湾の大学に行く前に1年間語学留学し、台湾語を会得したのち大学に進学。大学では、良い出会いは多かったそうですが、それは自ら行動したから、と谷口氏。扉を開いたからこそ、出会うことができたと言います。
その当時に比べ、日本ではeスポーツがかなり浸透しつつあるものの、まだまだ市場ができあがっていません。日本でなんとかしてもらえると待っているよりも、自ら行動し、飛び出した方が良い、と谷口氏は語りました。

留学のエピソードも踏まえた上で、日本のeスポーツプレイヤーに覚悟が足りないという指摘もありました。

「10時間以上必ず練習するとか、それも個人ではなくチームとして、そういった覚悟が足りないと思う」とも谷口氏は語りました。

プロゲーマーを目指す君に!

最後に会場に来場した方々から質問を受け、谷口氏が対応しました。
eスポーツの世界に飛び込もうとする高校生に対してのアドバイスを求められた谷口氏は、いくつかの選択肢があることを示しました。

ひとつが高校を卒業し、大学に通いながらeスポーツを続けていく方法。必ずしもプロプレイヤーになれるとも限らず、なれたとしても一生の仕事としてできるかはまだ未知数である以上、プロプレイヤーでなくなった時に選択肢が増えるように大学を卒業しておくのが良いということです。

次に、eスポーツへの道をもっと厳しめに目指すのであれば、専門学校へ行き、専門のプレイをできる環境を作るとこと。

そして最後にプロチームに入ったり、プロチームを作ったりして、いきなりプロの世界に飛び込んでしまうということです。もちろん専業で行うのであれば、それだけ活躍が必要となり、練習量も1日10時間以上必要だったりと、覚悟が必要になり、より厳しい道へ進むことになるわけです。

以前は、国毎にチームを作ることが多いeスポーツ界でしたが、現在では国を超えて、選手がチームに入ることが多いので、海外のチームへの参加も見込めると言います。ただその場合は、最低でも英語は必要ですので、英語の習得は必須です。
将来的には日本で発足したチームだからといって選手全員が日本人になるとは限らない、ということになる可能性は十分にあります。そういった意味でも英語の習得は重要になるでしょう。

留学に関しては多少道筋ができたものの、まだ自力で行わなくてはならないことも多いのが現状です。谷口氏からは、スウェーデンの友人がチームへの派遣会社を運営しているので、そこの紹介はできるとのことでした。ただし当然英語がしゃべれることは前提になります。

トークセッション「プロゲーマーを目指す君に!」で元eスポーツプレイヤー谷口純也氏が後進に向けアドバイス

トークセッションを終えて感じたのは、タイトルによるとはいえ、eスポーツはやはり海外が先行しており、選手としてスキルをアップしていくには留学が最適解だということでした。
ただその留学も簡単な道筋ができているわけでもなく、選手自身が行動し、自ら勝ち得ていかないと難しいわけです。まあ、サッカーにしろ、音楽にしろ、選手や奏者として独り立ちする為の留学はハードルが高く、覚悟も必要になるわけなので、eスポーツのみが特別なわけでありません。

日本で待っていても、世界的なeスポーツプレイヤーになるのは難しいというのが現状です。それを踏まえたうえで、海外へ飛び出すのか、それでも日本で地道に活躍するのが良いのか、eスポーツプロプレイヤーを目指す人は選択を迫られているということです。

著者:岡安学(オカヤスマナブ)
デジタルライター/Allaboutデジカメガイド
ゲーム情報誌編集部を経て、フリーランス・ライターに。攻略本の執筆は50冊以上。
現在は、デジタル機器を中心にWebや雑誌、Mookなどで活躍中。アニメ、マンガ、ゲームなどにメディア関係もこなす。近著に『IINGRESSを一生遊ぶ!』(宝島社刊)。