アプリ内広告の「トラッキング拒否」は何をもたらしたのか

 アドネットワーク 
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 著者:加藤賢治(SQOOL代表 兼 編集長) 

一度何かを検索すると、延々とその広告が出てくる。こういう経験をしたことがある方は多いでしょう。

インターネット上の広告システムは効率的に潜在顧客にリーチするために、つまり、車の広告であれば車が好きそうな人に、ゲームの広告であればゲームが好きそうな人に広告を表示させるために、ユーザーの検索履歴などを参照して、見せる広告を決めるようになっています。

アプリ内広告の「トラッキング拒否」は何をもたらしたのか

これは良い側面もあり、広告を出す側にとって効率が良い点と、見せられる方にとっても関係のない広告を見せられることが少なくなる、というものです。
例えば高校生なのに車やクレジットカードの広告を見せられたり、結婚しているのに婚活の広告を見せられたりするケースがけるということです。

一方で懸念点もあり、ユーザーの行動や趣味趣向を分析することにおいては、個人を特定していないとはいえ、プライバシーの観点から問題があるのではないか、ということです。

特にスマホにおいては、端末はほとんどの場合個人に属し、そのスマホ内のアプリや検索キーワード、スマホの位置情報などは、個人の趣味嗜好や日常生活そのものではないか、捉えられます。それを広告に利用するために取得するのは倫理的に問題があるのではないか、ということです。

アプリ内広告の「トラッキング拒否」は何をもたらしたのか

これは一理あるのですが、インターネット広告の根幹を担う要素でもあります。もしこのトラッキング、ターゲティング機能がなくなれば、例えばスマートフォンアプリ内に配信される広告は大きくその商用的価値を落とすことになります。

という心配をよそに、世界的にはやはりプライバシーやそれに付随する個人の権利を尊重する方向に動いていまして、スマートフォン広告の配信におけるトラッキングについては、ユーザーの許可を得ることが標準になりました。これはプラットフォーマーであるGoogleやAppleによりアプリストアのルールとして制定されています。
最近、新規にアプリをスマートフォンにインストールして起動した時に、「広告表示のためにトラッキングされることを許可しますか?」という意味のポップアップが出て来るようになりましたが、それはこういう理由からです。
これによって8割以上のユーザーがトラッキングを拒否しているようです。

アプリ内広告の「トラッキング拒否」は何をもたらしたのか

さて結果どうなったかというと、予想通りアプリ内に配信される広告の精度は大きく下がり、出稿主にとっては、以前より費用をかけても成果が少ないという事態になっています。
アプリゲームには広告を見るとアイテムなどがもらえるシステムがありますが、そこに出て来る広告も同様の影響を受けていますので、つまりゲーム開発者にとっては広告の収益が大きく下がっているという状況です。

この影響はかなり深刻で、広告を出すことでユーザーを集めようとしても前ほどうまくいかないということであり、かつゲームの中に広告を導入しても前ほど儲からない、ということです。

広告に集客や収益化を依存するカジュアルゲーム、ハイパーカジュアルゲームなどはその収益性が極端に減りました。
今やハイパーカジュアルであっても課金を実装するのが標準的な手法になっており、「適切に広告を見せることで収益を得る」という手法は通用しなくなっています。
そうなって来ると、収益は課金に寄っていきますから、収益的にうまくいくアプリゲームは広告ではなく課金メインで収益を回していることになります。広告主にとっては、良質なゲームは広告を重視していないという事態であり、アプリ内広告のさらなる弱体化を招く可能性があります。

ゲーム、アプリ、スマートフォン、アドネットワーク、という界隈は本当に変遷が早く、数年前に主流だった手法が今は全く通用しない、という例がたくさんあります。この広告におけるトラッキング拒否もその一つと言えます。

個人的な感想を申し上げれば、広告がここに最適化されることは基本的には良いことではないかと思います。効率の良い広告システムは、不要な広告を排除し、広告の頻度を下げることも可能になり、コンテンツを阻害する頻度も下がるでしょう。広告主にとっては早期に目的を達成することができ、ゲーム開発者にとっては収益を多く上げることができるということです。
その上で、トラッキングされたくない方には「オプトアウト」という手段でトラッキングを拒否することができましたが、今はその逆で、トラッキングOKにすることもできる、という感じです。
オプトアウトができないのであれば問題ですが、以前の状態でも大きな問題はなかったのではないかというのが筆者の感覚です。

しかし、世界的な倫理観の潮流に沿う必要は事業者としては当然あり、これは仕方のないことです。実際に8割以上の方が拒否しているという事実もあり、今後この部分が元に戻ることはないでしょう。

スマホ向けの広告配信事業者の話を聞くと、どこも非常に厳しい状況のようです。ただそれでも一部の事業者は行政気を伸ばしており、それは広告という仕組みが直接的に莫大なお金を動かし市場であることと、インターネット広告は工夫と技術によっていろいろな可能性を模索することができるからだと思います。

最近はゲームはスマートフォンからSteamやコンソールゲーム市場に徐々に軸をうつしつつある、という感じがあります。
しかしその中でもスマートフォン市場は今なお大きく、可能性もまた大きいものです。

今後も様々な社会変容によりプラットフォームのあり方やユーザー獲得の手法、収益化の手法は変わっていくと思いますが、ゲームそのものがコンテンツとしての魅力を持ってさえいれば、その時に合わせた手法でユーザーを楽しませることができるでしょう。

今はインターネット広告界隈は過渡期といえますが、また落ち着きを取り戻して、ゲームと良い関係になるだろう、と思います。

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著者:加藤賢治(SQOOL代表 兼 編集長)
いつの間にかメディアの人みたくなったことにいまだに慣れない中年ゲーマー。夜行性。
好きなゲームは「桃鉄」「FF5」「中年騎士ヤスヒロ」「スバラシティ」「モンハン2G」「レジオナルパワー3」「スタークルーザー2」「鈴木爆発」「ロマサガ2」「アナザーエデン」などなど。
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