eスポーツがゲームの明日を切り開く、繰り返す歴史とゲームの行方:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 第10回
著者:黒川文雄
「歴史は繰り返す」
この言葉は、ローマ時代の歴史家クルティウス・ルフスが語ったものと言われています。読者の皆さんも、過去に起こったことは同じような経過をたどって何度でも起こるということは、なんとなくの感覚で同意いただけるものだと思います。
例えば我々人類は、人種、宗教、資源、領土領地、権益を巡って歴史上何度も戦争を繰り返してきました。21世紀の現在でこそ超大国同士が殺りく兵器で殺し合いをすることはなくなりましたが、小規模な紛争は後を絶ちません。現代の超大国同士の紛争は武力によるものではなく、経済紛争貿易分野での争いですが、武力を伴わないまでも、もはや戦争レベルに達している領域もあります。
さて、今回の「黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ」では、私自身が経験した音楽産業を中心としたメディアとコンテンツの在り方と歴史を振り返りつつ、それらをゲームの過去現在、未来と照らし合わせて考えてみたいと思います。
「歴史は繰り返す」
ちょっと長い旅になりますが、最後までお付き合いください。
時代は急速に変化する、レコードの衰退とCDの台頭
皆様もご存知の通り、ゲームを楽しむ環境は急速な変化を遂げました。据え置き機と言われるコンソールゲーム主体の時代から、いまやスマートフォンが主戦場となりました。この様な変化は実は音楽の分野では既に起こっていました。
私の社会人キャリアのスタートはレコード会社でした。「レコード」自体が今の若い方には分からないかも知れないですね。
ちょうどフィリップスとソニー陣営がCDを市場導入した頃、レコード会社の営業だったときのことです。CBSソニー(現在のソニーミュージック)の営業マンから、「これからはCDの時代ですよ。一台どうですか?」と言われ発売されたばかりのCDデッキを勧められ、「CDP-33」というCDデッキを社販価格で購入しました。
CDハード市場を牽引したのは、後に家庭用ゲーム機プレイステーション(1994年12月3日発売)で市場を席巻するソニー(当時)でした。そしてコンテンツ=音源は、あっという間にレコードからCDという新しい媒体に置き換えられてしまいました。
このことからも分かるように、ある日突然時代は変わるのです。
コンテンツがなければ、ハードはただの箱に過ぎません。
レコードがCDに変わるというような媒体の変化は、時代をも変化させてしまうのです。ヒットアーチストのCDアルバムがレコード店に並ぶごとに、オセロの石が白から黒に変わって行くくらいの大きな変化を感じていました。ソニーとCBSソニーが取った大きなコンテンツ戦略には驚きを禁じ得ませんでした。
iTunesという革命によるCDの退場
レコードに替わりCDという媒体が一般化する中、安易な音源のコピーなどの問題も頻発するにようになります。音楽産業を挙げて、コピーコントロールCDなどの簡単にコピーが出来ないシステムが構築されましたが、業界が一丸となって推進することは困難でした。その動きが徐々に停滞していく中、スティーブ・ジョブズ率いるアップルが2001年1月にiTunesを開始しました。
一説によると、ジョブズはソニーに対して幾度となく協業の可能性を打診したという話もあります。
CDデッキ開発やウォークマンでは先行したソニーでしたが、次の時代を先取りしたのはソニーに憧れを抱いていたジョブズだったというは皮肉な話です。振り返ってみれば、レコードからCDへのの転換が30年でしたが、CDからダウンロードへの転換は20年という短い時間でその転換が図られたことになります。
音楽ビジネスの転換
このように時代が急速に変化するに連れて、CDの売上に急激な変化が発生します。
1990年代にはミリオンヒットはもちろんダブル・ミリオン(200万枚)、トリプルミリオン(300万枚)というCDのヒットアルバムもあり、音楽CDソフト市場は1998年のピークには市場規模が6000億を超えていました。しかし、その市場規模は徐々に衰退していきました。日本レコード協会が発表した「日本のレコード産業2018」によれば、日本の音楽市場は前年比3%減の2893億円となっており減衰傾向に歯止めはかかりません。
しかし音楽が息を引き取ったわけではありません。音楽産業も無くなっていません。
下の図は2015年のライブ・エンタテインメント市場規模の推移です。
ご覧の通り、ライブ・エンタテインメント市場は2013年から右肩あがりの拡大を続けています。
これはユーザーの「共感」「体験」「共有」が大きな要因になっていると考えます。
スマートフォンとインターネットの普及により、CDなどの物理的な媒体を所有しなくても音楽を簡単に楽しむことができる時代になりました。しかし個人として音楽をメディアとして所有し、それらを楽しむという欲求が減少しても、音楽を多くの人たちと通常と異なる環境で体験したいという欲求は増加していると言えます。それは、共感、体験、共有への欲求であり、それを理由としてコミュニティが増加したということでしょう。
eスポーツはビデオゲームの新しい楽しみ方
さて、いよいよゲームに目を移してみましょう。
ゲームにおける最新のトレンドは何でしょうか。VR、AI、ブロックチェーン、など様々ありますが、eスポーツも注目を集める新しいゲームのあり方の1つと言って良いでしょう。
音楽と同様、ここに至るまでのゲームにおける媒体の変化を見ることが、変遷の歴史を理解する助けになるでしょう。
新次元に入ったゲーム次世代機戦争
ビデオゲームの起源は諸説ありますが、日本での一般的な家庭用ゲームの起源は、1983年7月15日に、任天堂が発売したファミリーコンピュータと定義するとわかりやすいのではないでしょうか(※)。この時期は先に音楽産業のメディアの変遷でも触れたレコードからCDへの変遷期と重なります。
※カセットドライブを搭載したMZ2000などは汎用機ではないとしてここでは除外します。
ゲームにおける媒体変遷のスタートは、任天堂が導入したロムカートリッジです。その後、1990年11月21日にはさらに大容量のロムカートリッジを持つスーパーファミコンが登場します。
そして、CDで音楽市場を改革したソニーが立ち上げたプレイステーションに繋がっていきます。CD-ROMドライブを備えたゲーム機の登場初期には、ソニーとセガ・エンタープライゼス(現在のセガゲームス)による次世代機ゲーム戦争が勃発。
最終的には大小さまざまなソフトコンテンツを取りそろえたソニーコンピュータエンタテインメント(現在のソニー・インタラクティブエンタテインメント)が勝利を収めます。
ここでも音楽と同じように、記録媒体の変化と共にその市場の覇権を巡るビジネスでの戦いがあったわけです。その後ダウンロード主体へと移行していく動きも非常によく似ています。
その様な状況の中、プレイステーションの導入から25年を経て、家庭用ゲーム・オンリーではなくスマートフォン向けゲームアプリ、オンライン対戦型のネットワークゲームなどが急速に普及してきました。音楽と同様に人々のライフスタイルの変化が起こり、ゲームビジネスの中でオンラインプラットフォームの市場規模が右肩上がりで拡大、その中でeスポーツ市場が花開いたのは自然な流れと言えるでしょう。
eスポーツはライブ・エンタテインメントビジネス
「歴史は繰り返す」
この言葉を冒頭に挙げましたが、音楽は保有するものから消費するもの、体験するもの、そして共感共有するものへ変化を遂げました。
ゲーム産業も同様の変化を続けているものと私は考えています。
家庭用ゲームでのシングルプレイから、対戦へ、そしてマルチプレイへ、それがさらに発展してオンラインネットワークを介して世界中のプレイヤーたちとコミュニケーションを重ねながらのプレイスタイルに変化しました。
さきに挙げた「ファミ通ゲーム白書2018」に依ると、2017年国内ゲーム市場は過去最高の1兆5686億円に達します。その内訳は、国内家庭用ゲーム市場規模は、ハード・ソフト(オンライン含む)合計で、前年比128.3%の4413億円、オンラインプラットフォーム市場は1兆1273億円に達し、国内ゲーム市場全体の約7割を占めるまでに至りました。その解説資料に依れば、国内ゲーム市場は年々拡大が続き、2017年は過去最高の1兆5686億円というデータですが、注目すべきはオンラインプラットフォーム市場が全体の7割を占めているという実態です。
従来型の音楽産業は衰退しましたが、姿を変えて新しいライブ・エンタテインメントビジネスとして新しい顧客層と体験を演出しているように、ゲーム産業もメディアの変化、市場の変化に伴い、新しいeスポーツというビデオゲーム、オンラインゲームというかたちで、一般のゲーマーやプロゲーマーたちの素晴らしいプレイを共有する、共通の場所で共感し共有する、そして、その観客のひとりからまた新しいプレイヤー、プロゲーマーが誕生するというサイクルの時代に入るタイミングが今なのではないでしょうか。
観て、遊んで、感じて、共感して、共有する。
このことがより具体化する現在、私は従来のゲームの楽しみかたが変化していく新しいメディアの言葉としてeスポーツという名称を使いたいと思います。そしてeスポーツがゲームの新しい明日を切り開くのではないでしょうか。
ではそのeスポーツの日本での現状は?これからどう変化していくのか?
それについては先日発売された書籍に私の考えも含めて詳細に記しました。
もし興味を持っていただいたのであれば、是非手にとってお読みいただければ幸いです。