「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編

 黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 
  公開日時 

 著者:黒川文雄 

アジア最大級のゲームの展示会、ChinaJoy。毎年その規模を拡大し、参加者は一様に「広い」「暑い」と口にする。そのChinaJoyに黒川氏が訪れました。15年ぶりの上海はどのように映ったのか。今回は「上海特別編」として、黒川氏から見たChinaJoy、そして中国の様子をお届けします。(SQOOL.NET編集部)

「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編先日、8月2日から6日まで中国、上海市へ行ってきた。勘の良い方ならばお分かりだと思うが、アジア最大級のゲーム・エンタテインメント系展示会「ChinaJoy2018」(以下:チャイナジョイ)に参加してきた。

実はこのチャイナジョイ参加への経緯は、SQOOL.NET ゲーム研究室の編集長兼オーナーの加藤氏の声がけに端を発している。 チャイナジョイのことは数年前から注目していた。しかし、9月には東京ゲームショウもあるし、敢えて中国までに行かなくてもいいだろうし、ゲームの中心は未だ日本であり、東京にあり・・・くらいの感覚でいたため、参加は毎年見送っていた。もしかするとそこには偏見もあったかもしれない。

先に述べた「ゲームの中心は未だに日本だ」というアレとコレだ。(苦笑)

しかし、加藤編集長と【黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ】コラムの入稿メールや直接の会話を重ねるたびに、チャイナジョイの熱さを力説され、行ってみなければわからないという説得(洗脳)を受けたことも事実。そして、今回15年ぶりの上海渡航だったのだ。

いつか来た道、上海と昭和のバブル期

上海国際空港に到着したのは夜、中華共産圏を彷彿させる滑走路に併設された格納庫を飾る紅いネオン文字がいかにもという感じの風情を演出する・・・井上陽水の「なぜか上海」の高中正義のギターイントロが頭のなかで鳴り始めた。

チャイナジョイで感じたもの、それはかつて自分たちが観た景色、感じた熱量、そしてちょっと背伸びした感覚、それと大きな時代の流れだ。かつて15年前に訪れた上海のそれとは大きく異なっていた。

空港から市内までは最高時速400キロに達するリニアモーター鉄道(マグレブ)が走る。

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安全面の担保は怪しいがテクノロジーは日本より積極的に採用され、それがいたるところで反映されている。しかし、実際に肌で感じるのは日本のバルブ期のような胎動と言えばいいのだろうか。そのギャップは、この道はいつか来た道というものだ。そして、私の記憶は一気に1980年代の日本へ巻き戻されることになる。

1980年代の新日本プロレス

私が大学生時代、ちょうど新日本プロレスの第2次ブームのような時期があった。
いわゆるアントニオ猪木全盛期である。

猪木はIWGPというリーグのチャンピオンシップを賭けた興行トーナメントを行い、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガンなどの外国人勢がリングを賑わした。当時、毎週金曜、ゴールデンタイム20時からの放送を楽しみにしていた。

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その展開は常にスリリングで、クライマックスは、IWGPの決勝戦でホーガンのアックボンバーに猪木がリング下に飛ばされダウン、舌を出して気絶したシーンは衝撃だった。猪木がこんなことになるなんて・・・。おそらく会場にいた観客もテレビの視聴者もどうすればいいいのか、どうなっているのかと混乱と驚愕を覚えたことだろう。

今となってみれば、それらはショー的な要素を含んだものだったと思うが、アックスボンバーを放ったはずのホーガンが、リング下で昏倒する猪木を見て、「イノキハ、ダイジョーブナノカ?」と・・・リング上で動転している様はいかにもリアルだった。これぞリングに賭けた壮大なイノキイズムの集大成だったと思う。リングに華があった時代だった。

初代タイガーマスクがもたらした改革

おそらく今の新日本プロレスも、オカダカズチカ、棚橋弘至、高橋ヒロムらによって新風と熱気が吹き込まれているのだが、あの頃はショーなのか、リアル(ガチまたはセメントと呼んだ)なのかの境界線が曖昧で、観客はそれぞれの心の中で様々なイマジネーションを働かせたものだった。
そして、ショーなのか、リアルなのかの不思議な時代に突如登場したのは(初代)タイガーマスクである。

「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編

このコラムはプロレスコラムではないがもう少しだけ続けたい。

タイガーマスクこと佐山サトルがリングに残した衝撃と影響は大きい。佐山の目指したのは、最強はどの格闘技で、誰が一番強いのかというものだ。 佐山の魂はマスクを脱いだ後、総合格闘技として昇華し修斗に収斂(しゅうれん)する。しかし・・・。

このあとの壮絶な人生譚は知人の田崎健太の著作「真説 佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 」に譲るが、今回の話しの発端になるのは、7月29日、さいたまスーパーアリーナで開催された「RIJIN11(ライジン11)」を観戦したことだ。

群集心理と一触即発

「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編

試合カードはとても良く出来ていたが、ファイナルマッチの浅倉カンナVSREINA(レイナ)戦が導火線だ。当日はフジテレビでの生放送の兼ね合いがあったため、堀口恭司vs扇久保博正の試合が終わったのちに1時間の休憩と言うアナウンスがあった。これ自体もどうかと思うがもう致し方ない。

結局、浅倉カンナVSREINA(レイナ)戦は3ラウンド   のフルマッチを闘い、帰路に就いたのは21時を回っていた。さいたま新都心駅の高崎線上りホームは立錐の余地もないほどの混雑ぶりだった。
私は早めに出たこともあり、電車待機列の前方にいたが、電車のドアが開くと並んでいない乗客が集団心理なのか割り込んできた。あと1、2本の電車待てば普通に乗れるものを・・・という状態だ。
当然ながら押し合いへし合いしながらの乗車となったが、そんな連中に限って肩が触れた、スマホがぶつかったと言って揉めている。なんだか昭和な雰囲気だ。今でもこういう、なんというかちょっとした追い詰められた、それとも早く帰宅したいという気持ちの表れなのか、小競り合いを生むことに少し驚いた。もしかするとさっきまでに観ていたリング上のファイターに自身を準えているのかもしれない。

知性ある人は順番を待ちます

超長い前振りだが、リニアモーター鉄道で上海市内駅に到着して、今度はホテルまでの移動のため地下鉄に乗り換えることになった。

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その時、先のRIJINでの同じような光景を目にした。
先の高崎線ほどの混雑ぶりではないが、整列乗車をしている客がいる一方で、あとから来て列の真ん中からすぅーと入って一番に電車の空席に座る者がいる。まあ、誰も咎めない。
現地の人に聞くところに依れば、上海は地方都市から上京してきている人も多いのでモラルが低い人が多いという。生粋の上海人はそんなことはしないということだ。

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なるほどと思う反面、地下鉄ホームの安全ガラスには注意書きとして「知性ある人は順番を待ちます。並びます」的な告知があることがわかる。おそらく公共交通当局としても注意喚起をしているのだろう。

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足りないものは承認欲求

今の中国には、先の新日本プロレスブームの頃の時代、1980年代後半の日本に近い感じがする。誰もが渇望感を持ち、何かを求めている、それが地位、名誉、金なのかわからないが、上海で出会ったゲーム業界関係者はそれらを満たしているように思えた。ではそれらの渇望感の正体とは何かと思った。
それはおそらく国を挙げての承認欲求ではないだろうか。

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世界の工場から世界のコピー工場へ

2000年の前半くらいまで、中国は世界の工場と呼ばれていた時期がある。もちろん今でも中国での生産製造拠点を持つ外資系企業は多いだろう。
しかし近年は中国も人件費が高騰し、徐々に西へ南へそれらがシフトしているという。それに伴って中国の意識も変わってきているのではないかと思うこともある。
街を走るスクーターはほぼすべてがガソリンではなく電気で駆動する。そのためエンジンもなく静粛そのもの、背後からくるスクーターの音はまったく聞こえない。

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街の排気ガスも軽減され、川も徐々に浄化されているという。
もはや自分たちは工場ではなくクリエィティブに向かっているという姿勢を感じる。

特にに今回参加したChinaJoy2018では、中国のソフト産業が大きく変化し、クリエィティブ面に注力し、豊富な資金力でそれらを急速に自分たちのものにしようとしている姿には感銘を受けた。
ちょっと前まで「中国が日本のクリエィティブレベルに追い付くことは10年以上かかる」などと言っていた業界関係者も多かったと思うが、もはやさほど差はない。世界の工場は、壮大な世界のコピー工場でもあり、コピーしそれをさらに良い状態にするスキルも十分に付いたということだろう。

止まらない中国の躍進と未来

ChinaJoy2018の展示レポートはここでは展開しない。ただ言っておくべきことは、これからも中国系エンタテインメント企業の躍進は変わらないだろうということだ。ただしそれらのなかで残れる会社と消えてゆく会社の二極化は今よりも促進することだろう。

「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編

残るものは「コンテンツに注力し、よりよいものを貪欲に追及する」会社と個人だろう。

深センに本社を構えるテンセントが好例と言える。良いコンテンツの為にはカネを惜しまない。すでに世界で戦える大手のエンタテインメント・ゲーム系外資企業、アクティビジョンブリザード、スーパーセル、エピックゲームズ、ライアットゲームズなどの主要株主としての地位も盤石な状態だ。政府の管理下で、GoogleやSNS系のツイッター、フェイスブックなどへの接続が「グレート・ファイアー・ウォール」によって制限されて居るにも拘らずここまで発展を遂げたのは恐るべきことだと思う。

ゲームの未来はeスポーツに託され注力しそれを最大化する動きがある。おそらく近い将来中国のeスポーツタイトルが世界を席巻するだろうし、すでにその萌芽がある。

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国を挙げての承認欲求

経済、貿易面でも現在、中国とアメリカはお互いが意地の張り合いのごとく、敵対的な関税戦争を繰り広げている。それらはすでに世界経済に大きな悪影響を与えている。早い段階で終息しないとさらに大きな経済事案が起こる可能性もある。

GoogleやSNS系のツイッター、フェイスブックは使用できないが、みんなから、国際社会から承認して欲しい国、それが中国だろう。中国の習近平国家主席が提唱・推進する「一帯一路」構想は中国を中心にした世界経済圏構想である。
中国はこんなにすごい、こんなにすごい国と積極的に取引をしなさい。口座を作りなさいという施策である。まさに国を挙げての承認欲求施策ではないだろうか。

1980年代の日本もそうだった。世界へ進出するエコノミックアニマルと卑下されながらも、アメリカ、ニューヨ―ク市、マンハッタン島のロックフェラーセンタービルを三菱地所が2200億円で買収したことに始まり、世界の不動産を買占めたのは日本だった。
「農協が世界を行く」もそうだ。
あの頃、僕たち、私たちは頑張っているんです。それを認めてほしくてここまで来ました・・・と我々日本人は心の言葉を発していたことだろう。

しかし、あの頃の日本と決定的に異なるのは、中国を取り巻く環境だ。

ネット規制はあれども最先端の情報を得ることができ、最新のデバイスやツールを自由に使うことができ、文化的な環境も整った。あとはモラルかモチベーションなのか。そして我々、日本と日本人もそうだったように中国も世界に認められたいと思っているに違いない。
「どんな未来も楽しんでおくれ、君の明日が終わらないうちに」、上海に到着したときに頭のなかでで成り始めた、「なぜか上海」、高中正義のギターのイントロのあとに、抑揚の薄い井上陽水の歌声が聞こえてきた。上海の夜は深く、長い。

「いつか来た道」中国の躍進と昭和のバブル:黒川文雄のエンタメSQOOLデイズ 中国上海特別編

著者:黒川文雄
1960年・東京都出身
音楽や映画映像ビジネスの後に、セガ、コナミDE、ブシロード、NHNJapan(現在のNHNPlayart+LINE)などゲーム関連企業でゲームビジネスに携わるエンタメ界の「グラン ドスラム達成者」。
現在はジェミニエンタテインメント代表取締役と黒川メディアコンテンツ研究所・所長を務め、メディアアコンテンツ研究家としてジャーナリスティックな活動も、さらにエンタテインメント系勉強会の黒川塾を主宰。
プロデュース作品に「ANA747 FOREVER」「ATARI GAME OVER」(映像)「アルテイル」(オンラインゲーム),大手パブリッシャーとの協業コンテンツ等多数。オンラインサロン黒川塾も開設。
著書:プロゲーマー、業界のしくみからお金の話まで eスポーツのすべてがわかる本